戦国時代の始まり〜応仁の乱

日野富子

宝徳元年(1449年)室町幕府管領 畠山持国は八代将軍に足利義政を擁立しますが、幕府の政務は、三管領である畠山・細川・斯波氏、侍所所司である山名・京極・赤松・一色氏ら守護大名が合議制のもと行っていました。しかし、すでに室町幕府の財政は疲弊し、権勢は失われつつありました。そんな中での将軍職についた義政は政治よりも文化に身を置き、寛正五年(1464年)次期将軍には実弟の足利義視にし、早々に将軍職を退き、隠居しようとしていましたが、翌年の寛正六年(1465年)に正妻であった日野富子との間に長男 義尚が誕生します。そして義尚を九代将軍にしようとする富子は、山名宗全に義尚の後見を頼み、義視は細川勝元に頼むこととなり、将軍家の世継ぎ争いが勃発、強大な力をもった守護大名である山名氏と細川氏との争いが激化、そして守護大名家での跡継ぎ争いもこれに加わり、応仁元年(1467年)「応仁の乱」が始まります。

応仁の乱〜主力武将

細川勝元〜東軍
細川勝元、畠山政長、斯波義敏、細川成之、細川成春、赤松政則、京極持清他

山名宗全〜西軍
山名宗全、畠山義就、斯波義廉、山名教之、畠山義統、大内政弘、一色義直他