剣客商売二 第二話「暗殺」

 舟宿・おか屋。年嵩の侍がとある品を改めた後、袱紗に包まれた小判を差し出す。二人の侍が向かい合っているが、お互い手に入れた品にしかもはや興味は無いような。一言も言葉を交わさないままである。金百両を懐にしまい込んだ若い侍。何やら咳き込んでいる。しかし、そのまま夕暮れの街を行き、駕籠屋まで来て駕籠を頼んだ。

 「きみ家」という居酒屋。路地で子供達が紙風船で遊んでいる。子供達の相手をしているおてるという女に向かって「お店の手伝いをしな」と声をかける女がいる。名は『お秋』。男が来ると約束したのを、信じていたわけでは無いが、それでも信じて待っていた。もうすぐ鞍替えで遠くに行くらしい。

 夜道を行く秋山大治郎。歩き慣れた道なのであろうか、提灯すら持っていない。刀の切り結ぶ音に続いて男の悲鳴が聞こえた。振り向き、駆け出す大治郎の目に、稲妻の光の中で手に手に白刃を抜き持っている男たちが見えた。大刀も抜かず、浪人どもを追い払った大治郎は倒れている侍を抱き起こす。「しっかりしろ。曲者は逃げた。安心しろ」しかし若侍の体は血に濡れている。「いますぐ医者に連れて行く」と言ってそばにいた駕籠舁きを呼ぶがその時、若侍が何かを口にした。「待っている・・・お、女・・・」それからあとは言葉にならない。その女がどこに居るのか、若侍に名を問うても返事が無い。大治郎が付き添い、急ぎ駕籠に乗せ、医者に急ぐ途中、駕籠から倒れ落ちた若侍の懐から件の百両がこぼれ落ちた。大治郎はその小判を持ったまま、夜更けではあったが父・小兵衛の隠宅へ向かった。「小川宗哲先生の元へ運び込んだのですが、間に合いませんでした」。大治郎の見立てでは、どこかの旗本屋敷に奉公している者のように見受けられます。身なりがきちんとしているが、さりとて大名家の者とも思えません」と小兵衛に告げる。大治郎が持ち込んだ百両を手に小兵衛も「厄介な事にならなければよいが」と思案顔である。

 大きな門構えの屋敷。杉浦丹後守のお屋敷である。その廊下を進み、主の部屋へ入って来た人物は舟宿で若侍と向き合っていた人物である。主人に耳打ちをする。何やら報告しているようだが、主はその時「横合いから手出しをしたのはどのような男じゃ」と問う。「名は秋山大治郎とか。人を遣わして探らせております」報告するのは、用人の鈴木市兵衛である。若侍の名は笹野小文吾。「当家の事が知れずにすんだのか」何やら秘密を知られていたのであろうか。しかし主は「油断はなるまい、その秋山某の身辺を探れ」と命じる。秘密が漏れては一大事なようである。密談はそこまでだが、丹後守は鈴木用人にある品を見せる。ようやく手に入れた品のようである。これが丹後守の秘密なのであろうか。

 小兵衛の隠宅、その縁側で小兵衛とおはるが栗を剥いている。そこへ佐々木三冬が「父が先生の好物ゆえ、是非お届けするように」と託かり、ハゼを持ってやってきた。「ハゼの甘露煮と栗飯じゃ。うまいものを喰って胃の腑がびっくりするじゃろう」押し頂いた小兵衛に「四人分は無理かもしれねえよ」というおはるの言葉で、もう一人の女性に気づく。「あの人のお墓、教えていただこうと。傷の手当てをしたり、お医者に運んでもらったり。お店に来た駕籠舁きの人に聞きました。剣術の秋山先生だと」。三冬もそう思ったようであるが、それは大治郎のことである。小兵衛も知って居るが、その男が「どこの誰かもわからぬ」のである。ところが、お秋にもわからないらしい。お秋が言う。「待って居るよ、言われたので。別に信じちゃいませんけど」

 急に雨に降られたようで、びしょ濡れの大治郎が駆け込んで来た。弥七の女房が営む「武蔵家」。 弥七と共に昼餉を取りながら今回の事も、もはや自分には関わりの無い事、「これは弥七の受け持ちであろう」という大治郎に「縄張りがちがいます」と弥七は答えるが「懐に百両もの小判を持っていて闇討ちにあった、そして女が待ってると言った」ことに興味を惹かれ、調べてみたくなった弥七である。そのころ、お秋は小兵衛・三冬と共に墓参りを済ませ、過去の事を二人に打ち明ける。夏のある日、血を吐いて倒れていた笹野小文吾を一晩中介抱したお秋がお店の借金のためによそに移されると聞き「金は作って来てやる、だから待っていろ」と言ったのだそうである。そして、その夜。弥七と共に駕籠屋へ向かう大治郎を浪人たちが闇討ちにかけるが、返り討ちにあい逃げ帰って行く。その後を、逃げたと見せかけ隠れていた弥七が尾けていったのは言うまでもない。駕籠屋に来た大治郎はつい一刻ほど前に殺されてしまったと知る。後日、浪人たちの情報を弥七から聞き、「大先生にもお伝えを」という弥七に「これは自分に関わりがあるようだ」と大治郎。協力すると言う弥七に危険だから手を引くように勧めるが、弥七はお上の御用聞きとしての意地もある。現に傘屋の徳次郎をその浪人どもが出入りする道場に見張りにつけて居る。その徳次郎のところにつなぎを取りにきた弥七に《身なりが良くて編み笠をかぶった》妙なのがやって来たと知らされる。道場から出て来たその侍の後を弥七が尾けて行くが勘付かれて逆に待ち伏せされ、斬りかかられるが既のところで躱した。しかし、そのままでは済ませない。屋敷に帰り着くところをしっかりと弥七が確かめている。

 大治郎の道場に三冬が訪ねて来た。「手合わせ願いたい」。稽古を終え井戸端で汗を流しながら事の顛末を語り、「どこの誰かもわからぬ」と言い、わかって居るのは女が待って居ると言った事のみであると。その時、三冬から「大先生のところで会った、その女を存じております」と聞き、ある夜その居酒屋に足を運んでみる。賑やかな店も最後は大治郎とお秋の二人。「この店もあと三日。北へ行くのか、西へ行くのか」と。「悲しい話だな」という大治郎に努めて明るく振る舞うお秋がどう思って居るのかはっきりとは分からぬ。

 杉浦丹後守の屋敷では、丹後守と鈴木市兵衛が密談を交わしている。どうやら笹野小文吾が秋山大治郎に何かを伝えたようであり、その秘密が漏れては困るらしい。しかも秋山大治郎は老中・田沼意次屋敷へ出入りの剣客である。今回の一件が老中の耳にでも入れば天下の笑い者になってしまうと。どうすればよいかと慌てふためく丹後守。そして四谷の弥七がその様子を庭から伺って居た。

 鐘ヶ淵の小兵衛隠宅で弥七・徳次郎の調べを聞く小兵衛と大治郎。男の名は笹野小文吾。七十俵二人扶持の笹野高五郎の弟、筆が立つので、祐筆として奉公していたが、殿様の手文庫から《上様拝領の刀の鍔》と《もうひとつ有った》らしい。それらを百両と引き換えに返すと強請ったらしい。その金を取り返すためではなく、口封じが目的ではないかと弥七は見ている。小兵衛は「小悪党め、女の為に命がけでやったのさ。ただの行きずりの女の為に」と言い「粋な奴じゃないか」と思ってもいるらしい。その女も危ないのでは、と考える弥七に「三冬殿に頼んで手は打ってある」という小兵衛の言葉で大治郎は無言のまま、お秋の店「きみ家」へと向かう。三冬と落ち合った大治郎であったが、二人とも男と女の感情がまだまだ理解しがたいようだ。そんなことを考えている隙を突かれて浪人がすき家に押し込むが、先回りした小兵衛が取り押さえ事無きを得る。小兵衛と盃を交わすお秋に「男はここへ来る途中で斬られたのじゃ、約束を果たそうとしてな」。そして百両を目の前に差し出し「これはお前の物じゃ」という小兵衛に、お秋は「受け取れない」と言う。「惚れたのでは無いかな」と問う小兵衛にお秋も自分の気持ちがどうなのか、決して口には出さない。

 夜の闇の中、人気の無い自分の道場へ帰って来た大治郎。突然、龕燈【がんどう】の灯りがさしつけてきた。「誰だ」声をかけた大治郎の背後の障子を突き破って槍が突き入れられる。のけぞるように躱したが躱しきれず左の肩に突き刺さる。二の槍を突き込む相手に仰け反りながらも大刀の一太刀を浴びせ、さらに襲いかかる二名を薙ぎ払う大治郎。片膝をついた体制からさらに槍を突き入れるところを槍を切り払い、大刀を引き抜き向かって来る曲者を仕留める。雨が降り出した道場に弥七と傘徳が駆け込んで来る。「胸騒ぎがして」駆けつけたという弥七に大治郎も「恐ろしい相手であった」と漏らした。

 橋の欄干に腰をおろし、煙管を燻らせる小兵衛。屋敷から出て来た侍に声を掛ける。誰だとの問いに「秋山小兵衛」と名乗る。「今夜の幕引きをさせていただきます。鈴木市兵衛さんですな」と。「殿様のお迎えなら無用です。とうにあっちへ行かれました」と天を指差す。提灯を捨て、刀の掬に手をかけるが大刀を抜ききる前に小兵衛の一刀が煌めく。その場に跪き動かなくなる鈴木市兵衛。刀に拭をかけ、駆けつけた弥七に「これでよいか」と聞く小兵衛に「ええ、先生。これで世の中少しは綺麗になります」と答える弥七。

 大治郎の道場では大治郎に小兵衛・弥七が事のあらましを説明している。杉浦家はお取り潰し、旗本も落ちたものだと。そしてもう一つの大事な物がとんでも無いものであったらしい。所謂春画と呼ばれる類の物で、小兵衛曰く、なかなかの逸品揃いであったそうな。そのような事が外に漏れてはそれこそ恥となるがゆえに、そこまでして取り戻そうとしたのであろう。その合間に、おはるが雑炊をこしらえている。『おかか雑炊』である。良い匂いに小兵衛も食べたがるが、おはるに「ダメだ」と言われしょげ返る。優れた剣士は感の働きも並々ならぬものがあるのか「ではそろそろお暇しようか」と小兵衛が声を掛けるが「若先生の看病をする」というおはるに「今日は別の人に看病させてやれ」と大治郎の道場を辞去する小兵衛。そのころ、佐々木三冬が見舞いの品を抱えて橋を渡るところであった。

 お秋は・・・小判を笹野小文吾の墓前に供え、旅立って行く。どこへ行くのであろうか。

原作版 剣客商売第五巻 第四話 暗殺

TV版で重要な役割を果たして居る《お秋》ですが、原作では「女が待っている」という言葉は出てまいりますがお秋は登場いたしません。そしてこのお話は主役を大治郎とし、大身旗本の愚行に立ち向かう姿を描いています。そもそも原作では飯田粂太郎が弟子として道場におりますので、最後のシーンである、おはるが「大治郎の看病をする」という部分は粂太郎が「私がついております」となっています。また、小文吾や駕籠舁きなどを襲撃した浪人が巣食う道場の主、釜本九十郎なる無頼剣客の手の者でお上からも目をつけられているのですが、本人は表に出ず、なのでなかなか召し捕る事ができない。そしてTV版のラスト、鈴木市兵衛を斬り、「これで世の中がすこしは静かになりましょう」と言う言葉は釜本九十郎を仕留めたあとの言葉です。「鬼熊酒屋」なども登場し、段々と小兵衛に似て来た大治郎の活躍が堪能できる一遍でございます。

剣客商売二〜第二話「暗殺」〜キャスト

秋山小兵衛 藤田まこと
秋山大治郎 渡部篤郎
佐々木三冬 大路恵美
おはる 小林綾子
弥七 三浦浩一
傘屋の徳次郎 山内としお
お秋 森口瑤子
笹野小文吾 上杉祥三
杉浦丹後守 立川三貴
おてる 日置由香
駕籠屋の男 東田達夫
鈴木市兵衛 本田博太郎