剣客商売一 第五話「老虎」

 森川平九朗道場。玄関で門人数名と見窄らしい姿ではあるが、体格の良い若者が押し問答をしている。「森川先生に一手指南いただきたい」。しかし門人たちは相手にしていない。追い返そうとしている。しかし若者は聞き入れない。
「今日こそは」と。すでに何度も訪ねてきたがその都度、門前払いを食らっていたようだ。なかなか埒が空かず、門人の一人が若者を小突いたところから乱闘騒ぎに発展してしまう。門人達を投げ飛ばし、道場に乗り込む若者。道場主に「例の山猿が」と事の次第が告げられる。いきりたった師範代、石掛亀之助が道場へ出向くと何人かがすでに打ち倒されている。
若者と相対する師範代ではあるが、やはり圧倒的な力で打ち負かされ、腕を折られる。その頃、道場主・森川の部屋で「何事でしょうか」と問う者。佐倉勝蔵。「何度も訪ねてきた田舎者だ。たしか名前を山本源太郎とか」と聞き、「それはいけない」と顔色を変えて驚く。その時、道場から聞こえた物音に驚き森川が道場へ向かうと、石掛が打ち負かされ負傷している。怒り心頭の森川が立ち会うがやはりただならぬ力と技にあえなく打ち負かされる。
「江戸の大道場と言ってもこの程度か」と勝ち誇り、引き上げようとする源太郎の前に佐倉が現れる。「源太郎さん、これは少々乱暴だ」と言う佐倉に「ひさしぶりだなあ。父もあんたは筋が良いと言っていた」とは源太郎。どうやら佐倉はかつて山本道場で修行していた旧知の間柄であったようだ。「本所の長明寺に居る。一度遊びに来てくれ」と言い残し、意気揚々と道場を後にする源太郎。そこで画面はストップモーションとなり、今後の展開に含みを持たせる演出が。

 町中で秋山大治郎は、懐かしい顔を見かけ、声を掛ける。山本孫介。信州・小諸で四天流の道場を構える剣客である。かつて諸国を旅して剣術修行に打ち込んでいたころ、二ヶ月に渡って滞留し、教えを請うた剣客である。聞けば「江戸見物に行く」といって出かけた息子からの音沙汰が無くなった。所持金も底をついているであろう事から、心配になり出てきたとの事である。ひとまず、四谷の弥七のお店、武蔵屋へ。そこでさらに詳しく事情を聞く大治郎。「江戸見物に行くとはいったが、剣術道場を回って腕試しをしているに違いない」。息子が滞留している寺へ向かう孫介と弥七。
一足先に道場に戻っていた大治郎。そこへ弥七と供に山本老人がやってくるが、弥七が言う。「先生が気になることがあると」。聞けば「誰かが後を尾けてきているようだ」と。故郷へ帰ると長明寺を出た前日、源太郎を訪ねた者が居たらしい。年の頃は三十七、八の侍。名を桜井勘蔵。とは言えそれだけでは手がかりにはなりえない。
「父の力も借りた方が良いと思います。父もお会いしたいと申しておりましたし」と孫介に勧める。「おまかせする」とは山本孫介。そこで、すぐに鐘ヶ淵に向かう事にするのだが、弥七と孫介が先に出立、大治郎は「少し遅れて参ります」。その意味を即座に理解した孫介は「お気をつけなされ」とひと言。案の定、二人の後を尾ける人影が。
途中、その尾行者の先回りをし、「何をしておられる」と立ちはだかる大治郎。どうやら若い武士のようだ。一人はあっさりと大治郎に当て落とされ、もう一人はめったやたらと刀を振り回したが逃げてしまった。倒れた一人を担ぎ上げ、鐘ヶ淵に向かう三人。

小兵衛が戸口を開けると男を担いだ大治郎が。「山本先生をお連れしました」と小兵衛と孫介を引き合わせる。その間、捕らえられた若者は土間の柱に縛り付けられる。孫介・大治郎から話を聞いた小兵衛は捕らえた若者を「ちょいとからかってみますか」。大治郎から脇差しを借り受け、若者を立たせ問い詰める。当然ながらなかなか口を割らないので、小兵衛が脇差しを一閃。下帯を残して着物が切り割られ、腰を抜かしたようにその場にへたり込んでしまう。「裸では逃げられんからな」とその姿のまま、小兵衛隠宅の柱に縛り付けられる。見張りを傘屋の徳次郎に命じ、小兵衛・大治郎と弥七はそれぞれ動き始める。だが長明寺の和尚からは新しい情報は得られなかった。

 とあるお座敷。「このような所を知っておるとはな」と小兵衛が問うが「山本先生が息抜きをとおっしゃるので」とは大治郎。「私も初めて参りました」と。黙然としていた孫介が小兵衛を誘い廊下へ。大治郎も従う。何やら思い出したようであるが。「桜井勘助なる人物が気に掛かる」ようである。「もしかすると佐倉勝蔵ではないか」との思いを持っている。そうであれば、かつて小諸の道場で修行をした、牧野遠江守屋敷江戸詰の佐倉が何か知っているかもしれない。

 小兵衛が隠宅へ戻ってみると・・・。捕らえていた若者が居ない。これは一体どうしたことだ、とおはるを探す小兵衛。囲炉裏端でおはると傘徳、それに例の若者の姿を見つける。
「おはるさんが何か食べさせてあげようと」とは徳次郎。「三日も続けりゃ誰だっていやになってくる」と言うおはる。食事を終えた若者は手を合わせ、またしても徳次郎に縛られる。とはいえ小兵衛はおはるが若者に優しくしたことが気に入らないのか、むすっとして隣の間で一人食事をする。しばらくすると牧野邸を訪ねた孫介と大治郎が戻ってくる。とても佐倉には合えないと。
小兵衛がおはるに酒の支度を命じる。「もはや源太めはこの世にはおらぬのではないか」と孫介。「先生は一月、一年でも佐倉に会えるまでは門前に座り込んででもとおっしゃいました。かくなる上はこやつに口を割らせましょう」と若者を見やって大治郎が言う。そのとき「なにやら話したいことがあると言ってます」と徳次郎。この若者は旗本・青木左門の次男、数馬。麻布・三ノ橋の森川同情の門人である。岩瀬団次郎とともに師範代・石掛に呼ばれ「森川先生のために、この世に生かしておけぬ極悪人を天に変わって成敗してもらいたい」と命じられる。
駕籠に乗せられ着いた場所は本所・四ッ目通りの米瀧という料理屋。佐倉が待っていた。そこで長明寺から出てくる孫介を襲うように指示されたが、その後は先に述べた通り。聞かされた話と違うと思い慚愧に堪えぬ思いで許しを請う。「では、佐倉勝蔵を締め上げますか」という大治郎を制し、「ここはわしにまかせなさい」と小兵衛。翌日でかけるので羽織袴の支度をおはるに命じる。

 田沼様のお屋敷。名指しで佐倉が田沼に呼び出された。剣術談義を聞きたいとのこと。とはいえそれは表向きの理由。いやな事は忘れてしまうほど上気していた佐倉ではあったが、「合って欲しい人物がおる」と言われ、承知する。隣の間の襖が開き、こちらを一直線に見つめる山本孫介。さらにその後ろには青木数馬。もはや言い逃れのできぬ佐倉。事の顛末を打ち明ける。道場を守るためには源太郎の口を封じてしまわねばならない。そのため、旧知の佐倉がその役目を負うこととなった。料理屋に呼び出し、酒を飲ませて酔ったところを闇討ちを仕掛けたということであった。

 後日、森川は田沼老中からの呼び出しを受けた。剣の手練の程を見たいとのこと。試合の相手は秋山小兵衛。名人とは聞いているが六十を過ぎた老人である小兵衛に負けるとは思っていない森川。それを伝えたのは佐倉である。「口添えをしてくれたようだな」と佐倉に声をかける森川。意気揚々と田沼の屋敷へ向かう。庭において相手を見、付き添った石掛が相手が違うようだと告げる。「秋山は隣の老人だ」と。狼狽える森川、石掛を見てほくそ笑む小兵衛であるが、大治郎が「父上、お笑いなさるな」とたしなめる。いよいよ試合が始まる。森川が名乗りを上げた後、「四天流、山本孫介」と聞き、愕然とする森川。そこへ佐倉が道場で切腹したと聞かされさらに動揺が走る。「いざっ」と構えた瞬間、それまで曲がっていた孫介の腰がまっすぐに伸び、勝負は一瞬で決まった。足掻く石掛が脇差しを抜き、斬りかかるが、大治郎に胴を薙ぎ払われる。「息子の無念を晴らせました」と田沼に頭を下げる孫介と小兵衛、大治郎。

 小兵衛隠宅。「山本先生、今どのあたりかな」とはおはる。「元気にしておられるとよいがな」と小兵衛。「茶を入れてくれるか」とおはるに頼む。小川の袂に佇む小兵衛は空を見上げているようである。孫介の後ろ姿を追っているかのような目であった。

原作版小説 剣客商売第二巻 第三話 老虎

 佐倉勝蔵役の本田博太郎の怪演が光るTV版。原作とお話の筋はほとんど同じです。唯一といっても良い違いは町中で孫介と再会した大治郎が孫介を連れて行くのがTV版では武蔵やですが、原作では亀玉庵という蕎麦屋。小兵衛につれられ何度か来たことがあり、大治郎が外で食事する唯一の場所という設定になっています。いつもは入れ込みで蕎麦を食べる大治郎が、孫介のために奥座敷を取り、酒まで注文する。また孫介を襲撃した若者、青木数馬を縛り上げ閉じ込めておくのは、小兵衛隠宅の物置。大治郎と一緒に行動するのは弥七ではなく飯田粂太郎であります。原作では源太郎はもう少し木訥な若者として描かれています。原作での最後の台詞。「またしても小兵衛、殿に借りができてしまいましたわい。何から何まで、かたじけのうございました」「なんの、貸したとはおもわぬ。なれど秋山先生が借りてくれるるなら、これほど、こころ強いことはない」と田沼様。良いコンビとなっておりまするようで。

剣客商売〜第五話「老虎」〜キャスト

秋山小兵衛(藤田まこと) 秋山大治郎(渡部篤郎)
おはる(小林綾子)
田沼意次(平幹二朗) 佐々木三冬(大路恵美)
弥七(三浦浩一) 徳次郎(山内としお)
生島治郎太夫(真田健一郎)
山本孫介(北村和夫)  山本源太郎(松田勝)
森川平九郎(浜田晃) 石掛亀之助(伊藤高)
佐倉勝蔵(本田博太郎)